聖書 イザヤ書25章6~8節
コリントの信徒への手紙一15章50~58節
説教題 「死への勝利」
週報5月3日
「ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。」(52-53)。
 今の私たちは朽ちるものです。死にゆくものです。しかし、朽ちないものを「必ず」着られる。終わりの時を待っていれば、その時には、「朽ちないものを着られます」。これは私たちにとって希望であります。
 しかも、パウロはここで、「朽ちないものを着る」と申します。朽ちる体の上から、朽ちないものを着せられます。体は同じというわけにはいきませんが、自分というものがなくなってしまうのではありません。聖書が語る復活には、それまでの自分が続いていくという面もあるわけです。
 主キリストの復活を語る、福音書の記事を思い出してみれば良いと思います。主キリストは復活なさいましたが、十字架で死なれる前の主イエスと、まったく別のお方になってしまわれたわけではありません。
 「朽ちないものを着る」というのは、主キリストと同じことが、私たちにも起きるということであります。滅んでしまう定めにあった私たちでありながら、終わりの時には、「朽ちないものを着せられます」。それは「必ず」だと、神が私たちに約束しておられます。