聖書 イザヤ書40章27~31節
    コリントの信徒への手紙二 12章1~10節
説教題 「弱いときこそ強い」
「それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」(10)
 パウロを痛めつけるためにサタンから「とげ」が送られました。さすがのパウロも困り果てて、これを離れ去らせてください、と主キリストに祈りました。
  すると、主キリストがお答えになりました。「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(9)。苦痛は取り去らない、というのが答えですが、ここには主キリストの深い知恵が隠されております。苦痛をそのままにしておかれるのは、神の力、キリストの力が、人の弱さにおいて現されるからだ、と語っておられます。
  ですから、弱さの中にあるほうが、むしろ恵みであるわけです。弱いほうが恵みで、強いのは恵みにならない。私たちの価値観をひっくり返すようなお答えです。自分を退けて主キリストを中心にしたときに主キリストを輝かすことができます。私たちの弱さが主キリストの「強み」になります。これは主キリストの僕にとっても「強み」になります。だから、「私たちは弱いときにこそ強いのです」。
週報10月24日