聖書 マラキ書3章1節
    ルカによる福音書1章67~80節
説教題 「光による導き」
「これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。」(78~79)
  ザカリアが預言した「光」という言葉は、旧約聖書でメシアを表す「若枝」と同じ言葉が使われています。つまり、ユダヤ人にとって「光が訪れる」とは、救い主が来られることを意味しました。ザカリアは救い主の到来を預言しています。「神の憐れみによって」救い主が来られると、「暗闇と死の陰に座している者たちを照らし」、「我らの歩みを平和の道に導き」ます。
  自分がどこにいて、どこに向かって進んでいるのか分からない「暗闇と死の陰に座している人たち」は、光で照らされたときに初めて、自分が何者で何をしていたのか気づかれます。光が本当の自分を取り戻させます。ですから「我らの歩みを平和の道に導く」ことにもなります。「導く」というのは、正しい道に置く、という意味です。神との平和が私たちにとって正しい道でありまして、この道に私たちを置くのが光である救い主の使命でした。救い主の訪れをきっかけにして、私たちが正しい道を歩めるのは「神の憐れみ」と言うほかありません。
週報12月18日