聖書 エゼキエル書18章21~23節
    ローマの信徒への手紙6章1~11節
説教題 「キリストと共に生きる」
「このように、あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。」(11)
  私たちは洗礼を受け、キリストの死にあずかりましたが、そこで終わりになるわけではありません。キリストの死にあずかった私たちは新しい命に生きるようになり、キリストの復活の姿にもあやかれる(5)ことが約束されています。すなわち、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなります(8)。
  そういうわけでキリストを信じて洗礼を受けた私たちは、「罪に対して死んでおり、キリストに結ばれて、神に対して生きているのだ」と思えます。復活なさったキリストが今や神に対して生きておられ(10)、神のために生きておられるのと同じように、私たちもキリストと結ばれたことによって神に対して生き始めています。つまり、私たちは罪との関係を断ち、神のために生きているのです。
  ですから神のためになしうること考え、神がお喜びになることのために生きていけます。自分の体を使って神の栄光を現します。罪から解放されただけでなく、神のために生きるという新たな目的が与えられたことを主に感謝いたします。
週報9月11日