聖書 イザヤ書29章17~19節
    マタイによる福音書9章27~34節
説教題 「キリストの憐れみ」
「イエスが二人の目に触り、『あなたがたの信じているとおりになるように』と言われると、二人は目が見えるようになった。」(29~30)
  主イエスはご自分に憐れみを願う盲人たちの目を触り、「あなたがたの信じているとおりになるように」と言われました。「信じているとおり」と言われましても、人は主イエスを前にして胸を張って言えるような立派な信仰を持っていません。ですから、主イエスが「信じているとおりになるように」と言われたのは、今の信仰で十分だ、ということだと思うのです。ある人は、「信じているとおりになるように」と主イエスが言われたのは、信じたあなた方をがっかりさせない、という意味だと述べています。
 信仰に立派も粗末もありません。あるか、ないかだけです。「信じるか」と問われたときに、「はい」と答える。それで良いわけです。立派な答えをしなければいけないなんて考える必要はないのです。主イエスが救ってくださると信じればそのとおりになります。主イエスによって救われます。ですから、信じた人たちはがっかりしません。主イエスに憐れみを願った盲人たちは、目が見えるようになりました。主イエスを通して神の力が働いて、彼らは憐れみを受けたのです。
週報1月22日