聖書 イザヤ書40章9~11節
マルコによる福音書16章9~20節
説教題 「復活の信仰」
「十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである」(14)。
 不信仰な者たちの不信仰という罪を、主イエスはすべてお引き受けになって、十字架で死なれました。だから、復活なさった主イエスは、不信仰な者たちのもとに来られます。そして、十一人の不信仰を主イエスはお咎めになりました。叱りつけるわけです。
 同じ言葉がほかの箇所では、「ののしる」と訳されていますから、厳しい言葉遣いだったと思われます。しかし、それは、相手を罵倒する場合の、敵意むき出しの言葉だったとは思えません。私たちは親しい人が知らずに危ない所に立ち入っていたら、大声で叱りつけると思うんです。「何をしているんだ。すぐに引き返せ!」って…。そう言って、呼び戻そうとするわけです。相手が憎くて叱っているんではありません。むしろ逆で、相手が愛おしいから叱ります。
 彼らが不信仰のままでいるのが、主イエスには我慢がなりません。彼らを愛おしく思っておられますから、彼らの不信仰と頑なな心を砕こうとなさって、主イエスは姿を現され、お咎めになります。復活の主キリストが姿を現され、不信仰と頑なな心を砕かれます。