聖書 ハガイ書2章4~5節
フィリピの信徒への手紙1章18~26節
説教題 「キリストと共に」
「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。」(21)
 ある人は「生きるとはキリスト」を、「生きるのはキリストを意味する」と訳しています。自分の生はキリストそのもの、ということになります。自分の生は自分のものではないと言っているわけです。自分のものではなく、キリストのものです。生きて立っているのは、自分ではなくキリストです。
 このキリストは、十字架と復活によって私たちの罪を贖い、私たちに永遠の命を与えてくださいました。キリストとの交わりに私たちを留まらせて、私たちと共に生きてくださいます。生きているときだけでなく、死んだあとまで、キリストは共におられます。
 つまり、「生きるとはキリスト」と申しますとき、その人はすでにキリストと生き始めているわけです。自分をキリストに明け渡して、です。その人の内にキリストが住んでくださり、キリストと共に生きるのです。「生きるのは自分ではなくキリストです」。死を打ち破ったキリストに支配されています。死に支配されない生を生き始めています。ですから、もはや生も死も、大きな問題ではない、「私たちが生きるとは、キリストのものとしてなのだ」と、御言葉は告げています。
週報9月13日