聖書 エレミヤ書16章1~9節
    ガラテヤの信徒への手紙1章1~5節
説教題 「御心を示すため」
「主はこう言われる。『あなたは弔いの家に入るな。嘆くために行くな。悲しみを表すな。わたしはこの民から、わたしの与えた平和も慈しみも憐れみも取り上げる』と主は言われる。」(5)
 エレミヤは神から語るべき言葉を与えられません。その代わりに結婚、葬儀への参列、結婚披露宴の参加、すなわち人々との関係を断つよう求められます。これはまさに神がイスラエルの民になさろうとしておられたことです。エレミヤは自らの行いによって、神の御心を人々に示すよう命じられたのです。しかし、それまでの生き方や付き合いを捨て去ることになりますので痛みを伴います。それでも神に従うことを選びます。茨の道を進むのも神の御心です。神に選ばれたからです。
 イエス・キリストもそうでした。主キリストは十字架への道を選ばれました。「キリストは、私たちの神であり父である方の御心に従い、この悪の世から私たちを救い出そうとして、御自身を私たちの罪のために献げてくださったのです」(ガラテヤ1:4)。私たちを悪の世から救い出そうとなさって、ご自身を十字架の上に献げられました。私たちを縛るものから解き放ち、父のもとに帰らせるという父の御心を、十字架によって私たちにお示しになるためでした。
週報2月28日