聖書 詩編84編11~13節
    ルカによる福音書18章9~14節
説教題 「祝福された罪人」
「ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』」(13)
 徴税人は「遠くに立って」祈ります。徴税人は神に近づくのをためらっています。そして「胸を打ちながら」自分の罪を悲しんでいます。神に自慢できるようなものは何もありません。神と向き合うなんて畏れ多いことですから、「目を天に上げられません」。彼が神に対してできるのは、神に憐れみを求めることだけでした。
 主イエスはこの譬え話をお語りになってから、こう言われます。「言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない」(14)。神から正しい人と認められ、祝福されたのは徴税人だ、と主イエスは言われます。神に対しても人に対しても、褒められることは何もしていない罪人が祝福されます。その人の見かけや振る舞いで、神から正しい人と認められるかどうかが決まるわけではありません。祝福されて家に帰るのは、自分の罪を悲しんで、神の憐れみを願い求める人であります。神に対して誇るべきものが何もない罪人であろうとも、神に赦しを求める人は祝福される、と主イエスは告げておられます。
週報7月4日