聖書 出エジプト記34章4~9節
    マルコによる福音書6章45~52節
説教題 「共にいます主」
「ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。」(48)
  主イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれたとき、「そばを通り過ぎようとされた」とあります。せっかく湖の上を歩いて行かれたのに、弟子たちを見過ごしにされるおつもりだったのでしょうか。
  「通り過ぎる」という言葉は、聖書の中で特別な使い方がされるときがあります。出エジプト記には「主は彼の前を通り過ぎて宣言された」(出34:6)という文章があります。主がその場におられる、あるいは主がご自身を現される、と伝えるために「通り過ぎる」という言葉が使われます。意味としては「留まる」に近いかもしれません。
  主イエスは湖の上でご自身が神の子であられることを現されたのでした。ご自身がどういうお方であるかを、弟子たちのもとに留まって教えておられます。従う人たちと共にいますお方であることを気づかせようとなさいます。弟子たちが主イエスを幽霊と勘違いしましたので、「安心しなさい。私だ」(50)と語りかけます。主イエスは従う人たちに語りかけて、全能の主が共にいる、と励ましてくださるお方なのです。
週報6月19日