聖書 イザヤ書45章20~21節
    使徒言行録16章25~34節
説教題 「救われるために」
「二人は言った。『主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。』」(31)
  パウロの前にひれ伏した看守は、自殺しようとしたところをパウロに止められ、自分が思いのままに生きていたことに気づかされました。そこで「救われるためにはどうすべきでしょうか」(30)と尋ねました。
  するとパウロは告げました。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」。パウロにあって看守にないのは、主イエスを信じること、すなわち信仰でした。イエス・キリストを自分の主と信じる、ということです。キリストを自分の主人にします。自分はキリストの僕となって、キリストだけに仕えます。自分の思いのままに生きるのを捨てます。仕えるべきは悪や自分ではなくてキリストです。キリストだけを頼りにして生きる。これがパウロの言う信仰です。
  ところがこれまでの生き方を捨てても、また元に戻ってしまうかもしれません。だとしますと、自分の思いのままに生きてしまう罪を赦していただくほかありません。私たちの罪が赦されるように、主イエスは十字架で血を流されました。ですから、私たちに罪の赦しを得させてくださった主イエスを信じなさい、と告げているのです。主イエスへの信仰によって救われます。