聖書 申命記5章12~15節
    マルコによる福音書2章23節~3章6節
説教題 「人の安息」
「そして更に言われた。『安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある。』」(27~28)
  安息日というのは「人のために定められた」ものである、と主イエスは言われます。人を苦しめたりするためのものではない、というわけです。神は人の幸いをお考えになって、奴隷から導き出されたことを思い起こさせるために(申5:15)安息日を定められました。
  人は安息日に神の御業を思い起こすことによって、自分たちが神に召された、救われた民であることを同時に思うのです。私たちにとっての安息日は土曜日ではなく日曜日です。日曜日は主イエスが復活なさった日だからです。私たちは主イエスが復活なさった日に、主イエスに救われたことを思い起こすわけです。礼拝を捧げて、主イエスの恵みを思い、主イエスに感謝します。
  だから主イエスはご自分を「安息日の主でもある」と言われました。主イエスが中心であるという意味です。人が安息日の過ごし方を勝手に変えるのではなくて、主イエスが私たちにまことの安息を与えてくださったことを思い起こします。本当の安息は主イエスだけにあります。